バサバサと網戸を敲く音に気がつくと、蛾が羽ばたいていた。戸袋の中で越冬していた蛾が、目覚めたらしい。慌ててシャッターを切ったが、戸袋の奥へと消えていった。私が館長している療養所資料館は、かつての富士見高原療養所である。昭和十年、堀辰雄はこのサナトリュームで療養していた。彼の『風立ちぬ』の「十二月一日」の中に、「夜、そんな蛾がどこからともなく飛んで来て、閉め切った窓硝子にはげしくぶつかり、その打撃で自ら傷つきながら、なおも生を求めてやまないように、死に身になって硝子に孔をあけようと試みている。」と、冬の蛾の描写がある。七三年前の描写だが、同じような光景が現れたのだった。